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草こと

カテゴリー "思うこと" の記事

循環

*****
ある悲しいお話を聞きました。
その子は孤独だった。
愛が足らなかった。だから愛を求めた。
大人になって孤独は恐怖に変わった。
だから必死に愛を求め続けた。

――――――――
愛を望むなら、欲しい欲しいと望むなら、
まずは自分から差し出し、与えればいい。
自分が与え続ければ、それは循環となって返ってくる。
「欲しいなら与えろ」
欲しい欲しいばかりでは、誰も何もくれない。

・・・だからといって方法は1つではない。
それでもダメなら、また別の方法を考えればいい。


個の時代は終わるらしい。個から全体へ。
世界の一部として、私は何を差し出していけるのだろう。


*****
人は自然に何を与えられるのだろう。
私は自然に、森に、木に、草に求めるだけだったけれど・・・
マイナスイオンだ、気持ちいいだ、綺麗だ、癒しだ・・・
精神的にも物質的にも山ほどもらっているけれど、

人は自然に何を与えられるのだろう。
人が存在する限り、何か循環があるはず。
今までは、
もらうことに意識が向いていたけれど、
与える意識を持つことで、何か循環がおこるだろうか。



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ほどけた1本 

前回、「ぐちゃぐちゃにからまった糸」と書きました。
その1本がほどけたときの話。

私は強迫観念を持っています。
症状は、
『同じ道を何度も往復してしまう』
『数字を何度も確認する』
最大に苦労しているのは、
『戸締り』です。

今はだいぶ落ち着いていますが、
酷いころは、支度を終えて家を出ようと思ってから、
戸締りに30分以上かかることもありました。

ここの窓から見て、次はこの窓・・・と順番が決まっています。
順番通りに見ていて、途中で物音がした、違うことを考えたなど
集中が途切れてしまうと、
また振り出し、最初にもどって同じところを何度も何度も確認します。
それを繰り返しているうちに30分以上経過してしまうのです。
しかも、
出勤時間や約束の時間が迫ってくると、あせってしまい
なおさら集中できず、何度も何度も確認して確認して、
なかなか進まない・・・心臓がバクバクと高鳴ってきます。
ドクンドクン、頭に血が上り、追い込まれた精神状態・・・

そう、ただの戸締りで・・・
自分でも笑っちゃいます。でも、その時はそうなっちゃう。

もう、20年近くこの症状と付き合っているので、
それが普通になっていましたが、
もし治るなら、とても楽になるだろう!と
そこに注目し深く考え、見つめなおしていた
ある日、
また順番どおりに戸締りをしていて、ふと
「気を抜くな!気を抜くとまた振り出しに戻らなければならなくなるぞ!」
と言い聞かせている自分に気が付きました。そして、
「なんだっけ?この感覚・・・戸締りの時のこの感覚・・・」
と考えました。
すると昔の記憶が、というか感覚がよみがえってきます。

それはタイムリミットのある仕事。
これは明日まで、これは明後日まで、という仕事を沢山抱えた状態。
窓もない小さな部屋で、毎日夜遅くまでサービス残業です。
ピタッと型にはまる物をつくる仕事で、最後の工程までいっても、
最後の最後でダメになり、振り出しに戻ることもある・・そんな仕事をしていました。
1つ1つ積み上げてきても最後まで、完成するまでは気が抜けない。
期限があって時間が迫ってきて焦りがつのる、追い込まれた精神状態。

・・・・・
・・・そう、私は日常の戸締りで、
その状態をいつもいつも作り出していたのです。
衝撃でした。
私は、その仕事をやめて15年以上
その時の辛かった精神状態を自分で作りだしていた・・・毎日、毎日。
そこまで気づいて
「なにやってるんだよー」と笑い泣きしました。
そして、その日から振り出しに戻るという行動はしなくてもよくなった。
私のからまった糸が1本ほどけた瞬間でした。

だからといって、
順番どおりは変わりません。鍵を穴があくほど見ています。
でも、
振り出しに戻らなくなったのは大きな進歩。

そして、
私のややこしいところは、まだまだあります。
でも、
それも全部ふくめて、それが
今の私です。



糸のもつれ 

わりと適当、ゆるい性格、大ざっぱ・・・
なのですが、
私の中にも闇があります。
闇というか糸のもつれのような物です。

だいぶ前、精神的に病んでいた時期がありました。
病院に行ったわけではないので病名がついたわけではありませんが。

その時にもつれたのかな?
いや、もっと早くから
もつれ始めていたのかも知れません。

中学の時、『腹をくくった』のを覚えています。
私は漠然と何かを探していました。
やるべきこと、打ち込むべきことを探していました。
今思えば『自分探し』
なぜか、早く見つけなければ大人になるまえに!と思っていました。
大人になったら何か見えないレールというか、
枠の中に入ってしまって、みんな同じ向きに進まなければいけない。
そんなイメージでした。
その前に見つけなければ!義務教育中に!
と思っていました。

しかし、とうとう見つけることは出来ずに
というか、見つけ方すら分からずに
卒業を迎えました。

そして、
「きっともう分かることはない。こんな風に悩んだことも忘れてしまうだろう」
「周りの人がよしとするように生きていこう。社会の中にどっぷりと浸かる」
と覚悟を決めたのでした。
「見つけられなかった私の負けです。」と白旗を振りました。

それからは、
いい子、いい人、頑張り屋、責任感・・などなど。
そして、押しつぶされ、立ち上がったつもり・・まぁいろいろありましたが、
中学生の自分に言うなら、
「自分は簡単には見つからない。
『大人はみんな同じ方向を向いていて枠からはみ出てはいけない』わけではない。
諦めてはいけない。」
ということ。

そして今、
社会のこうあるべきという価値観、
他人からの評価
で塗り固められたトンネルからやっと抜け出し、
また、自分探しを始めているという感覚。

そして、そのトンネルの中で
ぐちゃぐちゃに糸を絡ませてしまったなぁ
という感想です。
これからその糸を1本1本ほどきながら、
暮らしを見つめて、自分を探していこうと思います。




こだわる

イベントに出店して思うこと
『私は誰でも出来ることをやっている。ただ、好きこそ物の上手なれ』
ということ。

そんなこと言うと、
私の商品を買ってくれた方々に『誰でも出来るなら、いらないよ』と
言われてしまうかもしれませんが、
手間も時間も心もこめて作っていますのでお許しください。

何か1つを極めて、他の誰にもできないことや物を作る
『職人さん』には憧れますが、
自分が?と考えると、
そんな大それたことじゃなくてもいいかな
というか・・・

例えば、
小千谷縮や大島紬の上等な着物じゃなくて
庶民的な浴衣
とか、
もっと実用的に昔はみんなが作れた縄のような

よそ行きではなく、
毎日の暮らしに溶け込むようなものをつくりたいと。

私、縄が得意だから縄つくる。
私、カゴが得意だからカゴつくる。物々交換しようか!みたいな。
私もその一員になりたい。

私、染めが好きだから『てぬぐい』つくりました。
物々交換をする相手を探すのは大変なので
お金という対価なのだけれど。
そんな気持ちになりました。

そして、もっと暮らすことに『こだわって』いきたいと。
手間をかける、時間をかけるということ。

そう考えていくと
自給自足って凄いなぁと尊敬します。
一方、
この時代に産まれてきた理由はなんだろうと思ったりもします。
(自分が踏み出せない理由をこじつけているだけかも知れません)

この時代に産まれたのだから、
文明の利器を使うことを否定しないし、自分も凄い使っちゃう。
買った洗濯板の出番はごくたまに。
歩ける距離でも車に乗ったり、
自転車を買うと言いながらもう何年も経ちます。
そして、時短時短と考えがち・・・。

昔は、畑を耕して、薪で火をおこしてご飯作って、食事して、
洗濯して、また畑仕事して、夜は縄をなって・・・。
それで1日終わる。

でも今は、
それらすべてを時短にして、じゃあ残った時間を何に使う?
そこをもっと『こだわって』いきたいと思いました。

ここにきて今年掲げた目標が頭をよぎります。
『整える』

どちらも理想とはほど遠いけど・・

よし!どちらも地に足つけて
たんたんと。

普通について考えた

例えば、
1から9の平均は5だ。
じゃあ、普通は4~6? それとも3~7?
1と2は近い、2と3は近い、3と4は・・・8と9は近い。
でも、3は普通で2は普通じゃない?
普通ってなんだ?

例えば、
物事を理解して覚えるとき、
「本を読んだり、調べたり考えて覚える」とか
「人に聞いて、教えてもらう」とか
「間違えても、とにかくやってみて感覚で覚える」とか
人それぞれ、そしてその対象によっても違うと思う。

自分以外の人がどうやって物事を理解して
どうやって覚えるのか、
そのプロセスは想像できても、本当のところ分からない。

つい自分や多数の人のきっとこうだろうという憶測で、
普通は・・・とか言ってしまうけど。
そのプロセスに普通も何もない。

普通ってなんだろう?

そもそも今まで、
「普通なんてクソくらえ(失礼・・文字に起こすとひどい・・)」、
「普通なんて面白くない。」
って思っていたけれど、
その考えも、どうなのかな?って思い始めた。
それは普通を肯定したうえで成り立つ考えなんじゃないか・・?

自分は自分だ。
普通とか云々も、人からの評価だ。
そろそろ、人のことを考えるのはやめよう。

生きてきて染みついた
「人からの評価に無意識に反応して生きている」ことに気づこう。
一度に沢山じゃなくても、
ひとつひとつ気づいて、手放していこう。

最後に、
バカと天才は紙一重とかいう・・・
じゃあ、1~9は一列に並んでいなくて、クルッと輪になっているとして
9の次は10だから、1とは少しずれていて、
バネか、螺旋のようにクルクルと続いていたら・・・
横から見たら、
紙一重になるかな?