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草こと

2018年02月の記事

≪ 草こと・散策開始 ≫

今年は雪がよく降ったので
なかなか地面の土が姿を現しませんでしたが、
ようやく雪が解けて土とともに顔をのぞかせた草。
雪のしたでも、ちゃんと緑のまま
生きていたんだなぁと改めて思います。

さっそく散策開始です。
まず、目に入ったのは↓これです。

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たぶん「ウラジロチチコグサ」です。

でも、これ好きじゃないんですよね・・。
手で抜けなくてカマがいる草。
葉っぱを引っ張っても、根が抜けずに残っちゃうから
あんまり好きじゃないんです。

ハハコグサは食べれるのに、
チチコグサは食べれないみたいだし・・・
うかうかしてると、すごく増えちゃうから、
今年はまめに、刈り取ろうかな。



続いて、「オランダミミナグサ」

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ミミナグサ(耳菜草)の名前の由来は、
葉っぱの形がねずみの耳に似ていて食用になることから
耳菜草となったらしいです。

食べれるんですかね・・。
しかし、薬用にされることはなく、美味しくもないみたい。
しかも、ミミナグサは在来種ですが、
オランダミミナグサはヨーロッパ原産の外来種です。

あまり期待できないけど、
食べれるなら食べてみようかなと、少し摘んできました。
塩ゆでして、おひたしにしてみました。

舌触りは、ザラりとしますが
シャキシャキとして、癖もなく(ほぼ味もなく)
食べれました。

恐る恐る少量です↓
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葉が細かい毛でおおわれていてフワフワしているから
子どものころから、わりと好きな草でしたが、
食べたことはなかった・・・。
毛があると、食べようとは思わないのかな。
初体験でした。

でも、
基本的に野草は
食べすぎると、下痢をしたり、肝臓に負担をかける
というので
肝臓に自信がない私は
塩ゆでして少量を、野菜のサラダやおひたしに、
ちょい足しする感じで使っていこうかなと思います。


※植物は種類もたくさんあり、見分けるのは難しいです。
ブログの文章中に間違いもあると思います。
植物には有毒のものもありますのでご注意ください。
もし、食用にされる際は専門書などでよく調べ自己責任でお願いします。


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お金について考えた

生活していくために、将来のために、老後のために・・・
お金をいくらためておけば安心ということは
なかなかありません。

各種機関などが発表している老後の生活費をみただけで
漠然と不安は募り、どうすればいいんだろう?
と思ってしまいます。

それで私は、まずお金のことを知ろう!と
保険の本や社会制度の本、確定拠出年金の本などを読みました。
しかし、
少し勉強してどうにかなるものでもありませんでした。
(あ、でもちょっと社会のことが分かったような気がします)

そして目にとまったのが、
「ぼくはお金を使わずに生きることにした」
という本です。

実は箸休め的に手にした本で(ごめんなさい!)
単純に自給自足かサバイバル、もしくは超節約の本かな?
と思った私には衝撃的でした。

お金、流通、経済、文明社会、生態系・・・
私がどんなにボケーーっと生きてきて、
そしてどんなに破壊的であったのか
ぐっさぐっさと刺さりまくりました。

だからと言って
「お金を使わずに生きる!」とは宣言できず・・

『なるべく自分で作る
作った人から直接買う
応援したいお店やメーカーから買う』という目標をたてました。

そして
『今は無理でも生きていける知識やスキルを身につけよう』
と思ったのです。
それは目的が、
『貯金をしなければ』から
『お金がなくても生きれるようになる』に変わった瞬間でした。

あ、やっぱりそんな度胸はないので正確に言うなら
『貯金しながら、お金がなくても生きられるようになる』です。
とにかく
途方もない額の目標貯金額の不安からは解放されたのです。

その時、
お金にどれだけ縛られていて
囚われていたかを知りました。
節約して、貯金して、それこそ宝くじにでもあたらなければ
不安から抜けだすことはきっとずっと出来ない。
それはお金に対しても申し訳ない考え方だったと思います。

お金は天下のまわりものとか、
お金はエネルギー、循環させるとか、
それまでは、「そうは言っても・・・」と思っていましたが、
少しは理解がすすんだようです。

だからと言ってまだまだお金を、
上手に大事に使い切れていないと思いますが・・・。

以前のように
いくら貯めたら、老後はなんとか暮らせる?
いくら貯めたら、何年暮らせる?
とか・・・無意味な思考や不安に時間をかけることはなくなりました。

難しいことは分かりませんが
「お金はあってこしたことないけど、なくても何とかなるわい!」
と笑って自分を信じれるようになりたい。
そして、
作り手○○さんのところにいってらっしゃい!
と気持ちよくお金を送り出せる
そんな人になりたい、そんな場をつくりたいなぁと思います。

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新月・満月のお参り

若いころの私は、仕事も遊びも、がむしゃらにやっていました。
若さの体力にまかせて。
自分でどうにかなると思っていたのです。
それは
『道をこじ開けて進む』という感じ。

それに加えて、最悪を考えるようにしていました。
最悪を考えれば、それよりはマシな現実が起こると。
でも、なかなか想定外は起こるもので、
なんで、私には不運が起こるんだろう?
と思いつつも、まだ話のネタにする余裕がありました。

しかし、
年々、苦しくなる状況。
なにかと想定外のことが起こるので、
友達や知人には、
『そういう星の元に生まれたんだよ』なんて
何回も言われたことがあります。

段々、ネタとも言ってられなくなり、
精神的にしんどく、きつくなっていきました。
もう、限界かも・・・、
と思ったとき、
ひとつやったことがありました。

突然、なんとなく
階段を登っているときに窓から光がさしていて、
なんか心にホッと丸い空間ができたようで、

『いや、有難いよね。
何がいやなの?
○○・・そんなの大したことじゃない
○○・・そんなの大したことじゃない・・・
・・・
ほんと、ありがとうございます』

って、なんか思いました。
それ以来、その会社内の階段は『感謝』のタイミングになりました。
最初は、自分に言い聞かせていただけ。
今にも、砕けそうな心をなんとか、とどめておくための方法でした。

今思えば、
無理やり『感謝すること』をしたわけですが、
そこから、変わっていきます。
状況が劇的に。別に何をしたわけじゃなく。

当時は
別に誰に言われたわけじゃない、
本で読んだわけでもない
ふと、心に光がさした、という感覚でした。

それから何年も経ち、
『ありがとう』『感謝』などの話は
最近よく耳にしますが、
初めて聞いた時は、それ分かるかも!と思ったものです。

最近は、
新月・満月に氏神様にお参りに行っています。
階段ではなくなりました。

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懐かしい本

≪ 草こと・懐かしい本 ≫

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再び気になりだした草。

そして思い出される子どものころの記憶。
小学3年生のとき、
「この本を買ってほしい」と親に頼んだのを覚えています。
子どものころの愛読本。
この草みつけた! この花みつけた!と
ピンクのペンで、しるしをつけたりしていました。

きっと、まだあるよな・・・と、その本を探してみました。
すると、これ!これ!
と懐かしく思う本と一緒に出てきた本がありました。
『こけの世界』
・・・これは!

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そうそう私、中学2年生の夏休みの自由研究
『苔の標本』をつくりました。
なぜ、苔かといえば・・・

1年生の時は友達と『あめんぼ』の研究をして
学校の代表に選ばれてしまい、他校まで発表にいくという
大変面倒な体験をしたので・・・

2年の時は、同じ友達と『発表のない研究にしよう!』と
→ 標本だな
→ (そこは女子)昆虫はないよね
→ 苔の標本にしよう!
となったのです。
(それにしても、今思えば2年間も私のマニアックに
 付き合ってくれた、友達に感謝・・・)

というわけで夏休みは友達と2人、
苔集めに○○山公園という、ちょっとした山に通い、
その後、
お気に入りのお店を2軒はしごするという、お決まりのコース。

1軒目はカフェでサンドイッチを食べながら
2階の窓から人間ウォッチングをする中学生。
2軒目は、バリバリ昭和な喫茶店。
テーブルゲームのあるレトロなところ。
何も言わなくても、店主さんが「いつものね!」と出してくれるメニューは
『メロンソーダ』と『コーラ』でした。
そのあたりは中学生なのです。
なかなか楽しい思い出です。

そんな感じで集めた苔。
いつも、家の洗面台を土だらけにして親に怒られながら
それでも、わりと沢山集め、
手作りの紙の袋に1つ1つ収めた、『苔標本』は出来上がりました。
(イメージは、時代劇にでてくる薬を包んだ紙つつみ)
箱のふたを開けると、中に紙つつみが立てて詰め込まれている。
という、かなり地味なものでしたが、
理科の先生には好評で、
何かに出展したような気がしますが、
出来たものに興味がない私たちは、
後のことは先生にゆだね、その後どうなったかは忘れてしまいました。

ただ、その時に
『こけの世界』を覗きみたことは確かだと思います。
あれから時は経ち、
またこの本を開くことになろうとは・・・

春になったら、
この2冊を手に家の周りを散策してみようと思います。

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≪草こと≫


屋号をかえることにしました。

絞屋(しぼりや)→ 草こと

今後は、「草こと」(くさこと)として
今までの活動に加え、
「もっと草について目をむけていきたい」
と思います。

今までも
身近な草や植物をいただいてきました。
でも、思い出してきたんです。
子供のころは、
もっともっと、草をいただいていたと。

私の小学校の校区は
家からすぐの踏切から向こうがA小学校
家の前に通る国道から向こうがB小学校
それで私はC小学校という
3つの小学校校区の端っこにありました。
ようは学校が遠かったのです。

1年生の足では、
真面目に歩いても50分はかかりました。
大人になった今では、
むしろ歩きたくはない距離です。

真面目に歩いてと書きましたが、
私はその道のりを、
たっぷりたっぷり道草をしながら
毎日のように
2時間~3時間かけて帰っていたのです。

そして、
「道草くって」といいますが
本当に道の草を食べながら帰っていました。
すすきやねこじゃらしの茎とか
つつじなどの花の蜜、どんぐりの中身、
桑の実があればごちそうです。
この葉っぱはすっぱいとか、
この花の蜜はツツジより美味しいとか、
これは美味しい、これはまずいと
実験のように試していました。

農薬散布の日をどこからか聞きつけ
1週間くらいは食べない方がいいかなと考えたり
毒草を食べたら大変と、
植物の本を買ってもらい調べたりもしました。

それも徐々にやらなくなり、
4年生になるころには
道草をくわなくなったように思います。
それから、特に考えたことはなかったのですが・・・

このところ、しばしば思い出されるのです。

気になって仕方がない!草が!!
となってしまったのです。

それゆえ、これから「草」について
どんどんつっこんでいこうと思っています。

草こと